イタリアのひとは、自分の生活が多少不便になろうとも、
この街を、後世に残そうと考えるそう。

#heymeoto はイタリア人なんだと気がつく。(えっ?)

とはいえ、イタリアの建造物は、わが家の築100年なんかは新しい家に見えてしまうほど。

そして、人を威圧する力がある。
情緒や気品やわびさびなんかがわからなくたって、
すごいものはすごい、というわかりやすさを兼ね備えていた。

その分だけ、街の保存は楽だろうな、とも思う。

いずれにせよ、#heymachiyaはただの商人の家でしかない。
貴族のソレとそもそも同じ舞台には乗っていない。